先日、コロナにかかりました。
月曜日に夫がコロナ陽性の判定をうけた2日後。
ここ10年近く、病院にかかるような風邪も、インフルエンザも
かかってこなかった私でしたが、あっさりと陽性になってしまいました。
それからかれこれ一週間、なんとか熱も下がり
このようにブログ記事がかけるようになったところで、
今回の出来事から考えさせられたことを記事にまとめました。
私が感じた「医療」という言葉の温度差について、
今回はご紹介します。
医療はサービスなのか
私がコロナにかかって考えさせられたのは、
「医療はサービスなのか」ということです。
サービスは
「売買した後にモノが残らず、効用や満足などを提供する、形のない財のこと」
特性として、
①無形性:形がなく触ることができない
②品質の非均一性:品質が一定ではない
③需要の変動性:季節や曜日、時間帯によって変動する
④不可分性:生産と消費を切り離せない
⑤非貯蔵性:サービスは在庫にできない
このようなことをよく挙げられます。
こうしたことを考えると、医療はサービス業に近しいもの
であるように感じるかもしれません。
実際に、私もコロナにかかる前までは、
医療はサービス業なのだろうと思っていました。
医療に対する温度差
ですが、コロナになって病院に行くことになり
私のこの考え方は偏っていたことに気づきました。
これまで私は、自分の立場(患者として)で
医療についてを考えてきましたが、
医療従事者の立場からするとそうではないかもしれない。
というのも、コロナの検査をうけた病院のスタッフから
「それってどうなの」という対応を受けたからです。
ものすごく嫌そうな顔でジロジロこちらを見るのは当たり前で、
対応も粗雑でこちらの存在を全力で否定されるような扱いでした。
医療情報センターというところで病院の紹介をうけ、
発熱外来ももっている、正式な受け入れ病院にもかかわらず、です。
院長が女医さんだったのですが、
説明もほぼなく、ドアの開閉もものすごく音をたてて、
質問をしたら睨みつけられるという対応。
私自身が一種のサービス業で現場にいた経験もあったので、
この対応はありえないという気持ちでいっぱいでしたし、
同時にとてもつらい気持ちになりました。
コロナにかかりたくてかかったわけではなく、
できるかぎりの対策はしていました。
それなのに「コロナなんてうちに持ってくるな」
という対応をされ、自分がすべて悪いかのような気持ちになりました。
ですが、冷静になってから考えてみると、
医療従事者からすると、
「医療は人の命を扱う専門性の高い職業」
であって、何もやさしく対応することで
サービス料などをもらっているわけではない。
やるべきことをプロとしてやりきっているだけ、
なのかもしれないなとも感じました。
医療機関でサービス料を払ったこと、ありますか
私たちが医療機関を受診すると、
診察を受けて、必要なら薬を処方してもらいます。
(場合によっては何も処方されない場合もあります。)
その時に支払う料金は、
問診のように医師の技術に対する代価や、
必要に応じて出された薬代のみのはずです。
医師が親切だった、看護師が優しかった
ということで、サービス料を払った人はいないでしょう。
そしておそらくは、処置などに「サービス料」なども
含めていないような気がします。
一般的にサービス業というと、
百貨店やレストラン、ホテル、といったものを思い浮かべると思いますが、
これらの業界では、さまざまな対応が「サービス料」として予め金額に
加算されていることが前提にあります。
そう考えると、医療を他の業界と同じように
サービス業だとも断定できなさそうだなと、思わざるを得ませんでした。
個人的には医師として患者の状態を説明するのは
サービスではなく仕事の一貫だと感じていますので、
そういう意味で私はあの病院に行くことは二度としませんが、
医療というものをサービスの有無で図ることはしてはいけないなと
感じました。
まとめ
いかがですか。
今回は、医療はサービスなのか、について
私なりの見解をお伝えしてきました。
患者から見ると、医療はサービス業だと思いがちですが、
本来の役割から考えると、
医療は
人名を救助するための処置を施してくれること
として捉えておくのがちょうどいいのかなと感じています。
ただ、例えば健康診断や人間ドックなど
サービス領域を広げていかないと顧客が自分の病院に定着しないという
場面もあるため、サービス業じゃないからと最低点の対応をしているだけ
というのも少し危険ではありそうです。
何はともあれ、医療を圧迫しないためにも
自分の体調は自分で管理して、
健康に過ごせることが一番です。
みなさんは体調など崩さないよう、
気をつけてくださいね。
今回はこれで終わりにします。
ではまた。
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